面倒くささと写りのすごさに圧倒されるsd Quattroというカメラのこと

今さら感たっぷりな気もしないではないが、シグマsd Quattroというカメラについて書いてみる。

発売されたのは2016年の7月。なので、もう1年以上経っている。それを今になって書いてみようと思ったのは、特に理由があってのことではない。

このカメラは、発売日ではないけれど、わりと早いタイミングで手に入れているのだが、仕事としてはほぼ記事にしていない。そういう場が都合よくめぐってこなかったというのもあるが、もうひとつ、sd Quattroというカメラ自体がなかなかのくせ者だからというのもある。

なにしろ、カメラ自体も、純正のRAW現像ソフトも一筋縄ではいかない代物で、乱暴に言ってしまえば、誉められるところがかなり少ないカメラなんである。

そのsd Quattroとまがりなりにも1年以上お付き合いさせてもらっているわけだが、ワタシなりにいろいろと思うところをぶつぶつ書いてみようという次第である。

今回もぐだぐだと長いので、ほんと、お暇なときに楽しんでもらえたらいいと思う。字だらけなのも飽きるだろうし、撮った写真も混ぜてみた。が、内容とリンクさせたりはしていないので、そこらへんはご了承いただきたい。

SIGMA Photo Proで現像してPhotoshopで微調整している。右はピクセル等倍で一部を切り出したもの。れんがの中の粒子まで見えそうな解像感がたまらない。
18-35mm F1.8 DC HSM Art(35mm) F4.5 1/400秒 ISO100

ピクセル等倍切り出し(クリックすると拡大します)

ファインダーの見え具合のこと

まず、sd Quattroというカメラは、ファインダーがよろしくない。

ファインダーは被写体を見る「窓」であり、一眼レフでもミラーレスカメラでも要となる部分だからとても重要だ。

sd Quattroのファインダーは236万ドットのカラー液晶パネルを採用したEVFで、視野率はミラーレスカメラでは標準的な100%。倍率は1.10倍(フルサイズ換算で0.73倍)とスペックとしては悪くない。

が、表示される映像はスペックからウケる印象を大きく裏切るものと言わざるを得ない。

シャープさがない。ぼんやりとアマいのである。ハイビジョンテレビで昔の番組を観るような感じ、と言えばわかってもらえるだろうか。

解像度のあるEVFなのに、表示する映像が粗いものだから、余計に粗く感じてしまう。細かい部分はぼやけてしまうし、ピントが合っているのかどうかもいまいちつかめない。

フォーカスリングを行ったり来たりさせて追い込んでいくぶんには、「ここだな」というポイントをつかむことはできる。が、すうっとまわしてぴたっと合わせられるかと言うと、ちょっと難しい。ちょっといらいらする。そういうストレスのあるファインダーだ。

乾いた木の板、はげかけた塗料の質感がいい。それにこのこってりとした色の力強さも見どころだ。
18-35mm F1.8 DC HSM Art(18mm) F5.6 1/500秒 ISO100

ピクセル等倍切り出し(クリックすると拡大します)

AFのスピードと精度について

AFの動作もややまったりしている。

スペックとしては、位相差検出とコントラスト検出を併用する像面ハイブリッドAFで、スピードはけして遅くはない。迷うようなこともそれほどはない。合焦マークを確認して撮った写真を見るかぎり、精度面での不安はない。

が、最近の高性能化したミラーレスカメラのAFと比べると、やはり見劣りはする。

測距点は、普通に使うときは9点で、数字としては物足りないが、素早く位置を変えたいときにはむしろいい。一方、自由移動モードに切り替えると、それこそ自由に移動させられる。画面の端はだめだけれど、かなり広い範囲で動かせるので、三脚に固定したときなどに、ピンポイントで「ここにピントを合わせたい」ような場合には使いやすい。9点AFのほうは、どちらかと言うと手持ち撮影向けとなる。

ただし、スピードがもうひとつなのと、ファインダー像の見づらさもあって、使い勝手としてはあまりよろしくない。そういう印象だ。

MF=手動でのピント合わせも、やはりファインダーの見え具合がもうひとつなものだから、あまり快適ではない。ピントを合わせたい部分を4倍または8倍に拡大する機能はあるが、表示される映像はもう少し細かさが足りない。「ピクセル等倍だぜ」的くっきりな見え方ではなく、解像度が低い映像を目伸ばしして見ているような、もどかしさがある。

もちろん、さっき書いたように、焦らずに時間をかけて追い込んでいきさえすれば、きっちりぴったりで合わせることはできる。

が、今どきのカメラは、もっときびきび撮れるのがあたりまえなので、やはりストレスを感じてしまう。

もちろん、つけるレンズの性能も問われることになるが、これだけのキレのよさは、なかなかお目にかかれない。
18-35mm F1.8 DC HSM Art(29mm) F3.5 1/125秒 ISO100

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ほかの機能についてもいくつか

EVFやモニターの表示のタイムラグもわりと長い。正直言って、動きのあるものを追うのは難しいと思う。スナップなどでも、街並みやショーウィンドーなどの動かないものを撮るぶんにはまったく問題はないが、瞬間的な人の動きや表情をねらうのには向いていない。まあ、そういうことををやるためのカメラではない。と考えるべきなのだろう。

シャッター最高速は1/4000秒。はやりの電子シャッター機能はない。明るいレンズの絞り開放を、天気のいい野外で使うのはほぼ不可能だ。そのあたりも、今どきのカメラとしては物足りない点だろう。

ワタシ的に気になったのは、プレビュー=絞り込み機能がないこと。

プレビュー機能とは、実際に撮影するときの絞り値まで絞り込んで、その状態で被写界深度(ピントが合っているように見える範囲)を確認するためのものだ。被写界深度は使うレンズの焦点距離、撮影対象までの距離などによっても変わるため、シャッターを切る前に確認しておくのが大事になる。

もちろん、デジタルなのだから、撮って再生して見ればいいだけ、と言う人も多いだろう。が、ワタシの中では被写界深度は「確認する」ものではなくて、「選ぶ」ものだ。F8がいいのか、それともF11まで絞るのか、あるいはF2.8まで開けたほうがおもしろい画になるのか、というのを、絞り込んだ状態で絞りをぐりぐり変えて見比べて、その中から「これっ」という絞りを選びたい。

だから、単に絞り込めるだけのプレビュー機能では意味がない。まあ、プレビュー機能がないのはもっとよろしくないのだが。

ピクセル等倍にすると、れんが造りの建物の細かい造形までくっきりわかる。念のために書いておくが、これは税込み72,000円で買えるカメラの写りなんである。
18-35mm F1.8 DC HSM Art(18mm) F8 1/640秒 ISO100

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独特のデザインのボディについて

ボディのデザインは非常に個性的だ。独創的とも言える。間違いなく好みは割れるだろうが、ワタシ個人はわりと気に入っている。ただし、ファインダー接眼部の位置はもうちょっとなんとかならなかったのかと思っているけれど。

外装はマグネシウム合金製だ。防塵・防滴処理もほどこされている。剛性感はたっぷりである。液晶モニターは3型の162万ドット。その右側にシャッター速度や絞り値、ISO感度などを表示するサブモニターを備えているのがおもしろい。

グリップはしっかりめの幅で深さもある。それはいいのだが、高さはない。ボディの右手側の底部を少し削り取ったような形状にしているため、グリップの上下が小さめで、それで若干小指があまり気味になる。また、ワタシの手との相性もあるのだろう、握り心地としてはもうひと息といったところだ。

ボディ部分は一眼レフよりも薄く、しかし、マウント部は一眼レフと同じSAマウントを採用している。そのぶん、相対的にレンズが遠くなっているのにも違和感がある。

ワタシは左手の手首に近いあたりにボディの前縁を当てて下から支えるような構え方をするのだが、そうするとボディが薄いぶんだけズームリングもフォーカスリングも少しずつ遠い。単焦点の50mm F1.4 DG HSM Artは平気だけれど、ズームの18-35mm F1.8 DC HSM Artなどはフォーカスリングのマウント寄りの金属部分にしか指が届かない。

この問題はPG-41を取り付ければ解消あるいは軽減できるのではないかとも思っているのだが、近隣のお店にはPG-41の展示がないらしい。というのと、できるだけ荷物を重くしたくない(特に手に持つ重さは抑えたい)こともあってまだ試せていない。あきらめて買っちゃったほうが早い説もあるが。

マクロレンズなら切れ味抜群であたりまえな気もするが、ピクセル等倍で見るとぞわぞわしてしまう。
マクロ 105mm F2.8 EX DG OS HSM F5 1/25秒 ISO100

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独自の構造を採用した撮像センサー

記録する画像も普通とは違う。撮像センサーが、一般的なものとは違っているからだ。

sd Quattroに搭載されているのはFoveon X3ダイレクトイメージセンサーと言う。受光部に使われているシリコンが光を取り込むときに、光の波長によって取り込まれる深さに違いがある性質を利用した垂直色分離方式と呼ばれるタイプの撮像センサーだ。

一般的な撮像センサーは、画素ごとにRGB(赤緑青)のいずれかの色のフィルターを取り付けて、それによって色の情報を取り込むようになっている。一眼レフやミラーレスカメラで主流のCMOSにしても、コンパクトカメラに多く使われているCCDにしても、撮像センサーというものは原理的にモノクロであり、「明るい」「暗い」の情報しか取り込めない。

それではカラー写真は撮れないから、撮像センサーの前面にカラーフィルターを取り付けて、それによって色の情報を取り込むようになっている。

一般的なのはRGBの原色フィルターで(昔はCMYの補色フィルターというのもあった)、これを、

RG
GB

という並び(このパターンのをベイヤー配列と言う)にしたタイプが使われる。これは、Gフィルターの光の透過率が高めだからで、輝度=明るさの情報を取り込むのにも利用されている。そのため、赤1:緑2:青1という比率になっている。

あたりまえの話だが、Rフィルターをかけられた画素は赤い光の情報しか取り込めない。同様に、Bフィルターの画素は青の情報だけとなる。つまり、緑と輝度の情報は全体の50%の画素、赤と青の情報は全体の25%の画素からしかえられないことになる。

これでは穴だらけなのは誰の目にも明らかだ。

さすがに穴だらけでは困るので、補間処理というのをやる。おおざっぱに言えば、手持ちの情報から類推することで、ない情報をひねり出し、あるかのように見せかける技術だ。

たとえば、Rの画素の反応が強く、その周囲のGとBの画素の反応が弱ければ、そのあたりは赤いものが写っているのだろうと推測できる。

そんなふうにして、Rの画素にはGとBの情報を、Gの画素にはRとBの情報を、そしてBの画素にはRとGの情報を付け加えてあいだを補う。それが補間処理だ。

花粉の粒々が数えられそうなほどのシャープさ。素直に楽しい。
マクロ 105mm F2.8 EX DG OS HSM F2.8 1/25秒 ISO100

ピクセル等倍切り出し(クリックすると拡大します)

リアルな光を生のまま取り込むFoveon

ただし、ないものをあるふりをして見せるのだからトラブルも起きる。

本来は存在しないはずの波紋状の模様(モアレ)や、本来は存在しないはずの画素の色づき(偽色)は、ベイヤー配列のカラーフィルターと補間処理によって引き起こされる現象だ。

それらを解消するために考え出されたのが、ひとつはフジフイルムのX-Trans CMOSセンサーであり(これも補間処理は必要となる)、もうひとつが垂直色分離方式のFoveon X3ダイレクトイメージセンサーだ。

以下、面倒くさいのでFoveonとだけ書くことにするが、これはさっきも書いたとおり、3層の構造を採用している。表面のトップ層では青い色の光、その奥のミドル層では緑色の光、いちばん深い位置にあるボトム層では赤い色の光を取り込むようになっている。

この方式のいいところは、ひとつの画素でRGBの全部の色の情報が取り込めることだ。すべての画素ですべての色の情報を取り込めるので、補間する必要がない。ベイヤー配列の撮像センサーのように、持っていないものを持っているふりをしなくていい。嘘をつかなくていいということだ。

ついでに書くと、一般的な撮像センサーには、モアレや偽色を低減するためのローパスフィルターという部品が取り付けられている。

ローパスフィルターは低い(ロー)周波数の成分だけを通過(パス)させるフィルターのことで、ハイカット(高いほうを切る=とおさない)フィルターとも言う。

写真の場合、高い周波数の成分とは、細かなディテールのことで、たとえば木を撮ったときの葉の1枚1枚の形だったり、れんがの表面のざらざらだったり、そういった細かな部分の情報を指す。

高い周波数の成分をカットすると、モアレや偽色は抑えられる。その代わりに、被写体の持つ細かなニュアンス、手触りとか実在感とか奥行き感とかの、写真全体から見れば取るに足りないかもしれないけれど、撮影対象をよりリアルに感じさせるのに役立つ情報がそこなわれてしまう。

そんなふうに、写真の中のかすかだけれど大事なものを奪い去っていくのがローパスフィルターであり、Foveonはそのローパスフィルターを必要としない撮像センサーなのである。

気をつけないといけないのは、世の中にはすでにローパスフィルターレスのカメラがたくさんあることだ。ローパスフィルターを取り外すことで、それによってそこなわれていた情報を取り込むことができ、解像感を高めることができる。それがローパスフィルターレスのねらいであり、ほかの条件が同じであれば、ローパスフィルターを使ったカメラよりもシャープでニュアンスに富んだ描写がえられる。

ただし、ローパスフィルターレスにするとモアレや偽色が起きてしまうので、カメラ内でローパスフィルターと同じような画像処理を行なっている。言うなれば、ソフトウェア版のローパスフィルターが組み込まれているようなものだ。

ようは、ローパスフィルターレスと言いながら、実際には不完全なローパスフィルターレスのカメラも少なくないのである。

その点、sd Quattroが搭載するFoveonは、補間処理に起因するモアレや偽色が発生しない。そのため、それらを抑制するためのローパスフィルターが、物理的なものもソフトウェアのものも必要ない。そのうえ、補間処理もいらない。

レンズをとおった光を、より生に近い状態で写真にできる。嘘のない、加工されていないリアルな光の情報を、Foveonは記録できる。それがsd Quattroの最大の強みだ。

Artラインの50mmは、大きくて重いけれど、それを我慢する値打ちのある1本。その実力をめいっぱい引き出せるのがsd Quattroだと思う(APS-Cサイズだけどね)。
50mm F1.4 DG HSM Art F2 1/80秒 ISO200

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純正のRAW現像ソフトについて

問題は(そう。またしても問題なんである)、Foveonが取り込む光の情報が、一般的な撮像センサーとは大きく異なるために、汎用のRAW現像ソフトが対応してくれないことだ。

ベイヤー配列のカラーフィルターを使った撮像センサーで撮った画像は、ひとつの画素にRGBのいずれか1色の情報だけが記録される。それに対して、sd QuattroのRAW画像では、ひとつひとつの画素がRGBすべての情報を持っている。

それに加えて、トップ層がミドル層やボトム層の4倍の画素数を持っていることもややこしさに拍車をかけている。輝度の情報を取り込むトップ層を細分化することで解像性能を向上させ、ミドル層とボトム層は大きな画素で光を取り込むことでノイズ特性も向上も両立させている。

というのはいいのだが、その独特の構造のおかげで、LightroomやSILKYPIX、Capture Oneといった名だたるRAW現像ソフトが軒並み非対応。まるで使えないのである。

結果、sd QuattroのRAW画像を現像できるのは、現時点では純正のSIGMA Photo Proだけにかぎられる。このSIGMA Photo Proがまた動作のまったりしたソフトウェアなのである。

もちろん、バージョンを重ねるごとに改良が加えられ、処理速度は格段に上がってきてはいる。が、それでもまだまだ重い。パワーのいるソフトウェアなのだ。1枚2枚の画像を処理するならいいが、大量の画像を調整して、さらにJPEGやTIFFといった汎用性の高い形式に変換する手間はそれなり以上にしんどいものと言える。

これも50mm Art。絞り開放でピントが合った部分の描写がこれ。ほんと、すごい。
50mm F1.4 DG HSM Art F1.4 1/13秒 ISO100

ピクセル等倍切り出し(クリックすると拡大します)

でも、写りはマジでものすごい

ようするに、いろいろと面倒くさいカメラなのである。撮るのに手間はかかるし、現像するのも楽じゃない。見た目や前評判に躍らされて買ってはみたものの、そういう面倒くささに嫌気が差して手放してしまった、という話も耳にする。

が、である。

しかし、である。

写りはすごい。素晴らしい。と言うか、すさまじい。

まず、とんでもなくシャープだ。木を撮れば枝の1本1本が、枝を撮れば葉の1枚1枚が、葉を撮れば縁のぎざぎざや表面の産毛や葉脈の1本1本が、きりきりと写る。ものの形だけでなく、奥行きや厚み、表面の凹凸の具合だったり、細かなテクスチャーだったり、記憶の中の手触りだったり、そういったものまでが生々しく伝わってくる。

それはたぶん、画像処理による見かけ上のシャープさ=解像感ではなく、レンズがもともと持っている性能をそのまま画像として記録したシャープさ=解像力が抜きんでて高いからだ。ローパスフィルターも補間処理もないFoveonだからこその写りなのである。

sd Quattroの画像は情報量が豊富で、ピクセル等倍で見るのが楽しくてしかたがない。記録画素数は、普通に取ると5424×3616ピクセル。約1961万画素だ。4000万画素、5000万画素のカメラも存在する今のカメラ市場において、2000万画素はたいした数字ではない。

が、sd Quattroの写りは、ワンランクもツーランクも上に感じられる。シグマのウェブサイトによれば3900万画素に相当する解像度を持っているとある。あくまでワタシ個人の主観としてだが、それに匹敵するポテンシャルを持っていると感じる。

乱暴な話、シグマの今のレンズと組み合わせるならば、ひと世代前の30万円(ボディ単体で)の一眼レフには勝てる。今の40万円のカメラが相手でも、それなりにいい勝負をするのではないか。そんな気がするのである。

とにかく、撮った画像をピクセル等倍で見るのが楽しい。絞りを開けて撮った写真の、ピントが合った部分だけをスクロールしながら追い見するのも楽しいし、絞り込んで撮った写真の、画面のどこを見ても細かい部分まできちきちっと写し込んでくれているのをなめるように見るのも楽しい。楽しくてしかたがない。

色も強い。「濃い」とか「深い」とかではなく、「強い」と言いあらわしたくなる色の出方をする。れんがづくりの建物の、れんがのひとつひとつの色の違いだったり、風雨にさらされて変わっていったのだろう板壁のムラのある色味だったり、花びらの白やピンク、葉の緑の生っぽさだったり、そういうものがほかのカメラとは違っている。

一般のベイヤー配列のカラーフィルターの撮像センサーは、画素のレベルで色をつくっている。全体の25%ずつしかない赤と青の画素の情報から、その4倍もの色の情報をつくり出しているのである。当然そこには嘘や間違いも含まれる。

一方、Foveonはひとつひとつの画素がすべての色の情報を持っている。色をつくる必要がない。被写体が持っている色を、レンズをとおった光の色を、そのまんま記録している。だからこそ、リアルで豊かな色が出る。力のある、重さを感じさせる色が出せる。それがFoveonのすごさである。

遠景を絞り込んで撮ると、Googleマップ的楽しさが味わえる。反面、ヤバいもん写ってねぇだろうなぁって心配にもなる。
マクロ 105mm F2.8 EX DG OS HSM F8 1/500秒 ISO100

ピクセル等倍切り出し(クリックすると拡大します)

sd Quattroとの付き合い方について

この写りを見てしまうと、ほかのあらゆるものには全部目をつぶっていいや、という気持ちになる。カメラの使い勝手にもRAW現像ソフトの使い勝手にも、我慢しちゃおう、我慢しちゃうよ、って気分になるのである。

なにしろ、ほかのカメラには出せない画が楽しめるカメラなのだ。

これはもう、写りに負けるカメラである。写りのすごさに負けて、それを手に入れるために、いろいろと我慢させられるカメラなんである。

今風の一眼レフやミラーレスカメラのような速写性だとか機動性だとかはあきらめる。ないものだと割り切ってしまう。条件さえ整えば、手持ちで撮ることも不可能ではない。が、基本的には三脚に載せて、じっくりと丁寧に1枚ずつシャッターを切る。そういう撮り方をするべきカメラである。

感覚としては、フィルム時代の中判や大判カメラに近い。写りから考えればそういうあつかいをしても不自然ではない。

そんなわけで、ワタシ個人としては、sd Quattroはのんびり構えて撮るカメラ、というふうに位置づけることにした。スピード勝負はしない。一瞬を争ったりもしない。時間をかけてピントを合わせ、時間をかけて撮る。そういう撮り方をするなら、たいていのことは苦にならない。そうすれば、あとは極上の写りを味わえばよい。そういう付き合い方をしていこうと思う次第である。

マクロ150mmはsd Quattroにつけると210mm相当になる。望遠レンズとしても使い勝手のいい画角で、マクロレンズらしいシャープさも魅力。ちょっと重いけど。
APO マクロ 150mm F2.8 EX DG OS HSM F8 1/100秒 ISO100

ピクセル等倍切り出し(クリックすると拡大します)

お気に入りの50mm F1.4 DG HSM Artと。RRS(Really Right Stuff)の汎用タイプのLプレートを取り付けている。

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